隠された記憶
ミヒャエル・ハネケ監督作品

平成18年5月00日
渋谷 ユーロスペース2
自由席 1500円 前売券



衝撃のラストカットを見逃さないでくださいとあった。
庵主は見逃してしまったのである。
この映画には音楽がなかったという。
そのことも全然気がつかなかった。

相変わらず、庵主はスクリーンを見ていながら、
映画を見ていないのである。
ストーリーがよく分からないということが少なくない。
しかしこの映画に関してはそれもよしだったのである。

見た人によってストーリーが変わる映画だったのだという。
かっこよくいえば、
多義性をもった映画だというのである。
そういう不思議な映画なのでのである。

ではなにがなんだかわからない映画なのではないか
と思われてはそれは違っている。
面白いのである、一瞬の気もぬけない映画だから。
そしてどこまでが映画なのかわからない映画なのである。

どういう意味かというと、
開巻の映像がすでに映画ではないのだから。
不思議な吸引力をもっている映画である。
庵主はミヒャエル・ハイネ監督の術中にはまってしまった。

長回しの映像から映画は始まる。
あるマンションの向かい側から写した長い映像である。
マンションの前の道路を車や人が行き交う。
ただそれだけの映像が延々と続く。

何が起こるのか。
その間に映画のタイトル(がどこに出たか見落とした)や
スタッフ名が出る。
画面は一向に変わらないのである。

そこに突然ノイズが出る。
それがビデオの画像で今早送りしているのである。
開巻の映像は実はビデオの画面だったのだ。
それは男の所に送られてきたビデオテープである。

マンションは男の家である。
ビデオテープを包んでいた紙には不気味な絵が
描かれている。
首から血が出ている人間の絵の落書きである。

男はテレビの読書番組のキャスターである。
妻は出版社に勤めていて翻訳をやっている。
中学生ぐらいの男の子が一人いる。
中流階級である。

男は子供のいたずらだろうと思っていたところに、
二本目のビデオテープが届けられる。
包み紙は首を切られた鶏の絵である。
ビデオは走る車のフロントガラスから見た景色である。

その映像は
やがて田舎にある男の生家の前で止まって終わっている。
テープの送り主はだれなのか。
フランス映画である。

植民地だったアルジェリア人がフランスには少なくない。
ある日、玄関から出た男の前を自転車に乗った
若いアルジェリア系の黒人が通り掛かり、
ぶつかりそうになった男は若い男を罵る。

横にいた妻がそれをなだめてその場は収まるが、
それが一つの伏線となっている。
伏線になっているように見えるのである。
3本目のテープが送られてくる。

テープの送り主はいったい誰なのか。
そしてその目的は何なのか。
脅迫状もなく、またお金の要求があるわけでもない。
こんどのテープの中身は誘導的だった。

こんども走る車のフロントからの風景である。
その車は郊外にある団地の一室のドアを映して
終わっている。
その団地を探し出してその部屋を訪れる男。

その部屋には誰がいたのか。
伏線みたいな場面がいくつも出てくる。
その組み合わせによって、
見る人ごとにこの映画の結論が変わってくるのである。

だから、
この映画ばかりは庵主のようにストーリーがわからない
人の理解もまた正解なのである。
よくいえば一番ユニークな見方をしていたということになる。

実にフランクな映画なのである。
そのかわり、見る人によってストーリーが異なるのだから
始末に悪い映画でもある。
いや不思議な映画なのである。

恋人同士で見に行ったら、
意見が合わなくてきっと喧嘩になることだろう。
監督がストーリーを観客に押しつけない映画なのである。
推理小説などの話を書くときはネタをばらしてはいけない。

しかし、この映画については、
衝撃のラストシーンをばらしてしまう。
なぜなら、それを見落としてしまうと
間違ったストーリーを組み立ててしまいかねないからである。

ラストはこれまた延々と学校の玄関の前を映しつづける。
その中で何人もの人が出たり入ったりしているが、
その中には男の息子と相手の息子が仲良く話を
しているところが映っているのだという。
    
「ウォーリーを探せ」なのだという。
それを見逃してはいけない。
庵主はそれを見落としてしまったのである。
それでこの映画のストーリーがわからなくなったのである。

もっとも、それを自分の目で確かめても
この映画の真実を知ることができないのであるが。
映画の画面は時にビデオ映像が流れているので
どこまでが真実の映像なのかわからない映画なのである。

この映画を見て
どんなストーリーを組み立てることができるのか。
それとも監督の罠にはまってしまうのか。
これはそういう不思議な魅力のある映画なのである。