講談を聞く

猿ヶ京 くつろぎの家 平成18年4月15日
●自由席 無料 
一緒に見た人 20人
午後5時〜5時50分


群馬県は新治村(にいはるむら)にある猿ヶ京温泉。
そこにある《蔵やしき》という旅館がやっている
講談の会を聞く機会があった。
たまたま投宿した日にその会があったからである。

《蔵やしき》の別館がくつろぎの家である。
囲炉裏のある旧家を演芸の会場にしている。
二十人ぐらいの客がはいる座敷の部屋で
座布団に坐って二人の講談師を聞いた。

最初は鈴木梅脚(すずき・ばいきゃく)。
地元に住んでいるという。
演目は「塩原太助」。
塩原太助は地元出身の人だという。

その名前をどこかで聞いたことがあるような気がするが、
何をした人なのか思い出せなかった。
この講談でよくわかった。
炭屋で財をなした人だという。

そして宝井梅星(たからい・うめぼし)の
「秋色桜」(しゅうしきさくら)
12歳で俳句を読んだ女の子の親孝行の話。
其角にその才を認められた秋色(しゅうしき)を語る。

上野の山の大般若桜の枝に
秋色が読んだ句を短冊に書いて下げたことから
その句が宮様の目に留まって御召になる。
それから秋色はいろいろな会に呼ばれるようになる。

ある時秋色の父親が宮様の庭を見たいといったときに
父親は挨拶が上手にできない市井の人なので、
秋色のおつきの者ということで連れて行くことにした。
その夜は雨で秋色は駕籠でのお迎えである。

父親は合羽と笠で駕籠が行く道を提灯で照らす役である。
雨の中で足元もおぼつかないので駕籠屋からは
もうちょっと上手に行く手を照らせないのかといわれる始末。
それを見ていた秋色は一計を案じる

おなかが痛いとウソをいって、
駕籠屋にお金を渡して近所の薬屋に薬を買いに生かせる。
その間に父親を駕籠に乗せて入れ代わる。
自分は父親が着ていた合羽と笠を着込んでの親孝行。

そのことがまた宮様の耳にはいって
秋色はまたその孝行を讃えられる。
それ以来、秋色の親孝行を讃えて
句を下げた桜の木を秋色桜とよぶようになったという話

演芸は無料だったが、
そのあとにお気持ちをいれる箱が回ってくる。
最初に席亭さんが千円札をいたれものだから
次々とお札が入れられていくのは席亭の知恵の勝利である。