「落語馬花」

門仲天井ホール 平成18年4月23日
●自由席 最前列 前売券1500円
満席 100人
午後7時〜午後9時15分


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プログラム
       一目上がり    柳亭こみち
       死神       金原亭馬吉 
       長屋の花見    柳家初花  
       粗忽の使者    柳亭市馬 
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二つ目の勉強会を見てきた。
金原亭馬吉(きんげんてい・うまきち)、
柳家初花(やなぎや・しょっぱな)、
熱演である。

噺家というのは歳をとらないと味が出てこない商売である。
若い人がすぐに歳をとるということはできないから
地道に歳月を重ねていくしかない。
庵主は、いま若いころの馬吉と初花を聞いているのである。

前座の柳亭こみち(りゅうてい・こみち)が可愛い。
若い女の子が
「噺家っていうのは〜」
という口調で話しはじめるから庵主には爆笑ものである。

子供から、
「人生というのは〜」
という言葉を聞くようなものだからである。
そのあたりをうまく工夫をしてほしいのである、師匠には。
 
こみちの噺は「一目上がり」。
声がきれい。
横顔もきれい。
ビジュアル系である。

こみちは指遣いがいい。
指の動きにいい間があって気持ちがいい。
小さな勉強会だから終演後は服に着替えて
こみちはめくりの片づけなどをしていた。

着物を着て高座で話していたときは大きく見えたのに
体は意外ときゃしゃなのである。
なるほど芸は身を助ける、じゃなかった、
芸は身を大きく見せてくれるのである。

馬吉は「死神」である。
志の輔らくごでも「死神」をみっちり聞いた。
馬吉はどう演(や)るのか。
打ち上げの席で死神の声を少し高く出してしまったと聞いた。

たしかにもう少しトーンが低い方がよかったかもしれないが
べつに気になるほどではなかった。
死神になったときの表情がいい。
志の輔の時と違って最前列で見ていたから顔がよく見えた。

死神を消すおまじないが志の輔とはちがう。
志の輔は
「チチンプイプイ、チチンブイ」といってVサインを出す。
そして、「テケレッツのパー」である。

馬吉は
「アジャラカナトセのキューライス」
「テケレッツのパー」という。
パーはポア(=死刑)とパーの真ん中の「プァー」だという。

馬吉は噺の雰囲気がいい。
死神がいう。
「金儲けの方法をおすぇーてやろうか」。
教えてやろうかというときの「し」の発音がしぶい。

ろうそくの消し方はこうである。
長いろうそくにやっと炎を移してそれを持ち出そうした時、
なにをするんだという死神に向かって「あっちへ行けっ」
と「フッ」と吹き飛ばしたら炎も間違って消してしまう。

初花は「長屋の花見」。
つぼを外さないで笑わせていく端正な噺である。
ネタ下ろしということで、
想定外のおかしさはなかったがきちんと笑わせてくれた。

ゲストは市馬。
枕がうまい。
往時の落語協会の3幹部が、正蔵、●●、小さんだった。
楽屋での振る舞いが三人三様だったという。

正蔵はお茶ではなく水しか飲まなかったという。
手が震えているのに水がこぼれない。
なぜかというと
体も微妙に揺れていてそれでバランスがとれていたから。

●●はお酒が好きで楽屋ではもっぱら缶ビールだったという。
初日に缶ビールをまとめて買わせて冷蔵庫にいれておく。
缶ビールを3分の2だけ飲んでから高座にあがるのだという。
噺を終えてから残りのビールを飲み干すのが常だったという。

その点、
小さんは
楽屋に入ると
まずは永谷園のあさげを飲み干していたといって笑わせる。

市馬の一席は「粗忽の使者」。
だまって安心して聞いていられる。
みっちりの噺を四つ聞いて前売りなら1500円である。
会場が満席になるはずである。

馬吉、初花の研鑽もさることながら、
実はこの会を主催している青木さんの努力が見逃せない。
庵主がこの会を知ったのもそっちの筋からなのである。
その美人スタッフから誘惑されたのである。

「おもしろいから聞きにいらっしゃい」と。
庵主は遠慮がない性格なので
後から行ったのにまだ空いていた最前列で見ていたから
気がつかなかったが打ち上げで見たら美人の客が多い。

まず実際に芸人を見てみようという勧誘は正しい。
うまい日本酒を呑んだことがない日本人が多いように、
話芸のおもしろさを生で見たことがない人が少なくないのだ。
庵主の隣にすわった若衆も落語は今日が初めてだといっていた。

聞き終わったら、予想以上におもしろかったという。
おもしろいこともさることながら、
2時間15分も静かに人の噺を聞くということが
忍耐力の涵養に役立つのである。

さらに落語を聞くと洗練された日本語を習得できるのである。
すなわち日本人の教養を高める修練の場なのである。
一石二鳥ならぬ、一石三鳥である。
寄席だから一席三長といったほうがいいか。

お酒は造り手と呑み手をつなぐのが呑ませ手で
呑ませ手は呑み手を育てるのが仕事だと庵主はいっているが、
落語も噺家の芸と大袈裟にいえばそれを鑑賞する聞き手とを
結ぶ人たちを育てることが聞き手の幸せに繋がるのである。

おもしろい芸が見られるというのなら、
そういう会にさそわれたらためらわず見に行くという
好奇心こそが日本人の知性の根源なのである。
芸を見たことがないという人にはそういって勧めるのである。

終演後に打ち上げがあった。
近くのお店で二人を囲んでの懇親会である。
そこまでサービスする主催者の配慮がいきとどいている。
市馬師匠も参加してくれた。

市馬師匠のまわりに若い美女たちが集まったのは
実力のなせる技である。
打ち上げには年齢層の違うファンが集うから面白い。
芸は一人ひとりファンを増やしていくものである。

こうした交流を通じてその芸を知る人を増やして
芸人を磨いていくのが聞き手の仕事である。
そうすれば自分の世界も広がるからである。
若手落語家の勉強会には行ってみるものである。