趙博の歌うキネマ「砂の器」
東神奈川かなっくホール音楽ホール 平成18年6月25日
●自由席 前売券2500円
観客数42人 入り80%
午後6時30分〜午後8時30分
趙博の「歌うキネマ」を聞く。
演目は「砂の器」である。
ハルマ・ゲンの生ピアノで映画の主題曲「宿命」が流れる。
そうかそういう映画だったのかとなつかしく思う。
封切り時に見ているはずである。
もう32年も前のことである。
「宿命」のメロディーを覚えているのは
その後テレビでやったのを見たからかもしれない。
いずれにせよストーリーの細部はもう忘れている。
覚えているのは
新進気鋭の作曲家加藤剛が犯人で
その動機は子供のころの癩病に冒された父親との秘密だったか。
「砂の器」は最近デジタルリマスターリング版で
再公開されていたが庵主は見ていない。
今日の話を聞いて映画を見たくなった。
昔の丹波哲郎を、森田健作を、加藤剛を、である。
そして、若い島田陽子をである。
庵主が映画を見て満足感を感じるのは
男優の声がよかったときである。
女優は容姿が命である。
男優はその声が映画なのである。
趙博は声がいい。
大きな体躯なので恐い感じがするが、
その声はやさしい。
加藤剛は後援会長である政治家佐分利信の娘山口果林と
結婚することになっているが、
加藤の犯行の証拠隠滅を手伝ったホステスの情婦がいる。
その情婦の役が若き島田陽子。
ここで島田陽子がわかった人は45歳以上ですよ、と
いって場内の笑いをさそう。
会場には若い人は少ない。
島田陽子は時をへて今は島田楊子と書いている。
庵主だけでなかったと思った。
趙博は佐分利信と山村聡の区別がつかなかったという。
庵主はさらに藤原鎌足と三井弘次と宮口精二の区別がつかない。
見ればわかるのだが思い浮かべようとすると混同してしまう。
この映画には渥美清も出演しているという。
寅さんはどういう役で出ていたのか。
殺された緒形拳が人生を縮めるきっかけとなったある出来事が
起こった伊勢神宮の近くにある映画館の支配人の役である。
俺がいたんじゃお嫁にゆけぬ、
分かっちゃいるが妹よ〜、と趙博は唄いながら
もちろんそんなふうには登場しませんでしたがと笑わせながら
刑事丹波哲郎と映画館の支配人渥美清とのセリフにはいる。
「スクリーンのない映画館」をやっていたマルセ太郎の芸を
引き継いだ趙博の「歌うキネマ」には
マルセ太郎のときにはなかったピアノ伴奏が付く。
ピアノを弾くのはハルマ・ゲンである。
「砂の器」は加藤剛が作曲した「宿命」のコンサートが
クライマックスになっている。
歌うキネマの「砂の器」もハルマ・ゲンによって奏でられる
「宿命」のメロディーがクライマックスを一段と盛り上げる。
マルセ太郎はその顔を知っている人ならわかるように
恐い顔をしている人である。
そのマルセ太郎が語る「泥の河」の中ではその顔が
一瞬仏様のように温顔の田村高廣の顔に見えてくるのである。
趙博は、物真似のように丹波哲郎を演じたが、
それ以上に「宿命」のメロディーが流れる中で
少年加藤剛と癩病の父加藤嘉が巡礼姿で放浪する場面を
語るときにその顔はまさに加藤嘉の顔に見えたのである。
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