泣かないで

池袋 東京芸樹劇場中ホール 平成18年7月3日
●B席 2階D-20 7770円
観客数 約670人 入り80%
午後7時〜午後9時45分


「泣かないで」と言われて
すっかり泣かされてしまった。
歳のせいで涙腺が緩んでいるかと思ったが
若い女の子も泣いていたから芝居のせいで涙したのである。

音楽座のミュージカル「泣かないで」である。
音が音楽座、そして振り付けが音楽座である。
先だってみた帝劇ミュージカルにも
その音が、その空気があった。

その空間にみなぎっている空気が劇場なのである。
いかにもそれらしい立派な建物が劇場なのではない。
その舞台に集(つど)った人たちの気の集まりが
劇場なのである。

すなわち、人が劇場なのである。
劇場とは人間の気を見に行く場所なのである。
その人間が芝居をやり、演奏をして、
芸を見せてるくれる場なのである。

「泣かないで」は今津朋子(いまづ・ともこ)の魅力が
一本の筋となっているミュージカルである。
前半はこのミュージカルは
何をやろうとしているのかわからないという感じで進む。

半透明ガラスを使った舞台装置はモダンな感覚である。
時代が昭和26年頃だというのに
時代錯誤な感覚でストーリが進むのである。
その違和感がなかなかぬぐえない。

しかし、休憩を挟んで後半の中盤に突然
クライマックスがやってくる。
突然、涙に襲われたのである。
それをためていたのかとハッと気づいたときにもう遅い。

もう駄目である、涙が止まらなくなる。
その朝、森田ミツ(もちろん今津朋子)が玉子を抱えて
復活病院から出掛けていくシーンを見ただけで
心地よいぐらいに涙があふれてくる。

前半のもたもた感のある進行を見ていると
この芝居はうまくまとまっているのだろうかと
心配になってくるのだが、
その心配は無用だった。

人殺しはよくないということになっているが、
作家は勝手に人を殺して客の涙を誘うのである。
人を殺すことでこんなに心地よく泣けるのなら、
人殺しがよくないという根拠がゆらいでしまうではないか。

長編小説を最後まで引っ張るコツは、
登場人物を適当に殺す(死なせる)ことだという。
人間は他人が死ぬのを見るのは楽しいということがわかる。
原作を書いた遠藤周作は病気勝ちの人だったという。

心のよすがとするために神にすがるのに、
その神は人にむごいことをする。
すくなくとも遠藤周作は病気で神にいびられているのである。
それでも神にすがる遠藤周作はマゾヒストなのである。

いじめられればいじめられるほど好きなるという神経は
幸い体は丈夫な庵主には理解できない心情であるが、
ぶん殴れてもぶん殴れても男についていく嫌われ松子みたいな
精神構造が人間には備わっているものらしい。

神様も人が悪いのである。
おっと神様は人ではなかったか。
森田ミツが復活病院に入院していた少女ゆりの死に立ち会う。
ミツは神を恨む。

子供をいじめるなんて最低な人間のやることだ、と。
おっと、神は人間ではなかった。
人間ではないから人でなしだったのである。
人間の方がずっとやさしい気持ちをもっているからである。

こうしてキリスト教徒は神を見限るのである。
だまされていたと。
神はマゾヒストが見る夢なのである。
さすがに遠藤周作は男の子だから己のそんな様を認めたくない。

だから、わざと、いっそう神にすがるのである。
神に対するイヤミである。
すがられた神様も大いに困惑したに違いない。
こんな精神構造の人間を造ったワシは馬鹿だったと。

玉子を割るまいとして自動車事故に遭ったミツは意識不明の中で
死ぬまで何度も玉子、玉子とうわ言をいっていたという。
そしてただ一つ言ったそれ以外のうわ言。
そのうわ言を聞かさたときにまた涙をさそわれる。

庵主の目からは涙がポロポロ流れているから、
場内が明るくならないように
エンディングを長くひっぱってくれと思いも虚しく
ストーリーは容赦なく進んでいく。

神も仏もないミュージカルなのである。
客を泣かせるときは涙をかわかすために
そのあとしっかり時間をとってくれないと困るのである。
一度降りた幕はカーテンコールで二度、三度と上がる。

その間は場内の照明はまだうす暗いから
涙のほとぼりをさますのに都合がいい。
この日の公演は他の芝居と違って観客には若い子が多かった。
若い女の子と一緒に涙してきたのである。

さて、ストーリーである。
苦学生吉岡努は雑誌の文通欄で出会った
クリーニング工場に勤めている森田ミツと
初めての逢い引きでミツを強引にラブホテルにさそう。

しかし吉岡は就職した会社で
出世のために社長の姪である三浦マリ子に思いをよせる。
一方、ミツは吉岡のことが忘れられない。
そして毎日残業を買って出るのである。

というのはこんど吉岡とデートするときに着ていく
素敵なカーディガンを街で見つけたからである。
それを買うためである。
この服を着ていくときっと吉岡さんは喜んでくれる。

そしてやっとためたお金でカーディガンを買いに行ったとき
工員の田口が生活費のことで女房と口論しているのを見る。
それを無視しようとしたが女房が背負っている赤ん坊の
泣き声を聞いてお金を女房に差し出してしまう。

工場で友達のよっちゃんから
ミツの腕にへんな痣があるよといわれる。
病院にいってみてもらったら
精密検査が必要だと医者からいわれる。

検査のために早いうちにこの病院に行ってくださいと
手渡された紙に書かれていたのは、
富士山の麓にある復活病院である。
不治の病の患者を看ている病院だった。

なぜ病院が富士山の麓にあるかというと、
不治の病の病院だからである。
本当は今では時代遅れとなったある病気なのだが
劇の中でも病名は出てこないからここでも伏せておく。

もう吉岡さんには会えないとミツは自分の運命を呪う。
復活病院に入院したミツは同室の患者で
ビアニストだったという加納たえ子と出会う。
また患者にはまだ少女のゆりもいる。

精密検査の結果は1週間後に出るという。
病院の患者は不治の病に冒された人である。
自分の運命を悟るのに時間がかかるのだという。
ミツは入院して3日目に病室からみんなの前に出てきた。

自分の運命をいいきかせるミツ。
そして検査の結果が聞かされる日。
なんと、最初の病院の検査は誤診だったという。
病気の心配はぜんぜんないというのである。

また東京で吉岡さんに会えるとミツは希望がふくらんでくる。
そして修道女からもすぐこの病院を出なさいといわれる。
しかし一方では加納さんやゆりちゃんと別れることに
なぜか心残りがあるのである。

退院をためらうミツに修道女はいう。
あなたはここにいてはなりませんと諭される。
説得されて翌日の汽車に乗ることにした。
駅までいったミツは結局その汽車には乗らなかったのである。

そのミツが東京に帰る電車には乗らないで、
また復活病院に戻ってきて加納さんと抱き合うシーンで
突然それまで覚めていた庵主の心が揺さぶられたのである。
とまどってとった行動が涙をこぼすことだった。

そのあとはもう涙がとまらない。
とまどいの連続だったというわけである。
そのへんの感動が起こるいきさつはパンフレットに
うまくまとめられているのでそこから引用したい。

以下は引用である。
復活病院にたどりついたミツは、
死への恐怖以上に、
同室の加納たえ子から聞いた

「一生誰からも愛されないことが苦しい」という
言葉に身震いする。
なぜみんないい人なのに
苦しまなければならないのだろう。

いつしかミツは、自分の苦しみよりも、
患者たちの心の痛みに涙していた。
ところが数週間後、
ミツの診察結果は誤診であったことが判明する。

「病気じゃない。また吉岡さんに会える」。
晴れて自由に身になったミツは、
吉岡が暮らす東京へ戻ろうと駅へ急ぐ。
だが、ミツはどうしても駅の改札を通ることができなかった。

別れ際にたえ子がくれた指輪、
脳裏によみがえってくる患者たちの顔……
極限の心の苦しみを味わったミツは、
病院に残って患者たちと共に生きることを決心する。

と、ここまでが引用。
そのあとも涙の追い打ちが待っている。
マリ子と結婚した吉岡はクリスマスを迎えようとしている。
吉岡はミツにも年賀状を出す。

その返事が病院の修道女から戻ってきたのである。
なぜ修道女からなのか。
森田ミツが死ぬ間際にうわ言にいった言葉の中に吉岡という
名前があったことをその修道女がおぼえていたからである。

「泣かないで」は恵まれたミュージカルである。
ロゴサウンドともいえるメロディーがある。
そのテーマメロディーを聞くと
たしかに「泣かないで」と心の叫びに聞こえるのである。

だからそのメロデイーを聞くと
心に共鳴するものがあるからである。
メロディーが言葉の心とぴったり重なっている。
そういうここちよいミュージカルなのである。

会場にはいったら1冊の分厚い雑誌を手渡された。
それがこの公演のパンフレット「R's」(アールズ)だった。
普通なら1500円ぐらいで売っている体裁である。
それをただでくれるのである。

トップ記事に
「泣かないで」の原作である「私が・捨てた・女」の
原作者である故遠藤周作の夫人のインタビューが載っている。
その奥さんが遠藤周作以上にユーモアのある人なのである。

遠藤周作は病気に魅入られた人だったようで
いうならばプロの患者だといっていい人だったようである。
それですがって神に帰依したのだろうが相手が悪かった。
その運命を課したのがその神なのだから。

信じる相手が間違っていたのである。
夫人によると、最後の病床で腹膜透析の最中に
遠藤周作は「泣かないで」の公演ビデオを
何度も何度も繰り返して見ていたという。

神には見捨てられたが、音楽座の「泣かないで」の舞台が
遠藤周作の心の支えになっていたという。
そう、遠藤周作は自らが書いた本によって
その時自分自身が神となっていたのである。