ザ・ニュースペーパー PART69

下北沢 本多劇場 平成18年7月4日
●L-6 4500円
観客数 320人 入り80%
午後7時〜午後9時20分


ニュースペーパーの公演が始まった。
今回のテーマは「笑いは人を救えるか?!」である。
毎日日替わりゲストが登場する。
庵主は圓歌が出演する日を選んだ。

圓歌はさすがにすごい。
ゲストコーナーまで場内に坐っていたのである。
呼ばれて出てきたその出で立ちは
真っ白のジャケットに真っ白い帽子である。

噺家は和服と決まっているから
その違和感にとまどったが、
いったん舞台に上がったときの圓歌は笑いの爆弾である。
場内に一瞬で笑いの渦を巻き起こしてしまう。

人を笑わせる起爆力はどこにあるのか。
圓歌のオーラとしかいえない個人的な資質なのか。
それとも習得できる技なのか。
あるいは笑わせるという意志による集団催眠なのか。

ザ・ニュースペーパーの笑いは
技である。
観客の知性に訴えかけるセリフのおかしさだからである。
もう一人のゲスト滝大作がいっていた。

ザ・ニュースペーパーはよくメンバーが変わるが
それでもおもしろいと。
それをみがいて面白く仕立てる業師がいるということである。
それがだれであるかはここでは書かない。

小泉純一郎の、いかにも本物っぽい演説からはじまって
さる高貴なご一家のうるわしい日常生活まで
連発されるコントの数々に
場内からは笑いが絶えない。

つねに期待を裏切られることのないその内容が
ザ・ニュースペーパーの信用である。
やっていることはいつも同じなのにそれがいつも笑えるのは
世間のネタの方がおかしいということなのである。

いうなればヌード写真のようなものである。
やっていることはいつも同じだが、
モデルが変わることで何度も楽しめるのである。
ザ・ニュースペーパーはそのアイデアに着目したのが偉い。

昨日見た「泣かないで」は
心をゆすぶられて泣かされてしまった。
今夜のザ・ニュースペーパーは、
頭で笑わされたのである。

どっちが知的かというと笑わせる方である。
泣くのが条件反射だとすると
笑うのは知識がないと笑えないときがあるからである。
しかし、時に条件反射で笑いが起こることがある。

かつての公演で
反射的に笑わされたネタが一つある。
オウム真理教の服を着ている麻原彰晃以下の会員が
自分たちを誇示している瞬間芸である。

幕が開いたときに
信者たちがピラミッドの形をなしている様をみたときは
場内が大爆笑になったものである。
宗教は道化だということを知った瞬間だった。

人は理屈では動かない。
情で動くからこの手の笑いは多くの場合軽蔑されているが
その面白さ知ってしまった人にとっては
それがやみつきになるのである。

情を動かしたネタがあった。
渡部又兵衛の病院ネタである。
糖尿病患者の老婆がぼやく。
それを見ていた滝大作が笑いながら泣いたというのである。

滝大作はこの四月に愛人宅で
いい気持ちで風呂にはいっていたときに脳溢血で倒れたという。
だから身につまされたというのである。
現在の病院も積年の澱がたまっているようである。

これからの笑いは病院ネタの時代である。
病人は囚人じゃないということを主張しなければならない。
病院からの解放こそが医療改革の道である。
死にたいと思っている年寄りにも人権をという運動である。

救急車で運ばれた滝大作は
救急隊員に名前はいえますかと聞かれたという。
林家三平がそのとき「加山雄三です」と答えたことを
思い出して加山雄三と答えるべきかと思案していたと笑わせる。

その脳溢血患者を体験した滝大作が
又さんのコントを見て
まったくそのとおりだと思ってうなずきながら
笑っていたという。

笑えるようになったのだから
脳溢血の後遺症は最少ですんだようである。
つまり笑いは元気の証なのである。
元気に笑える場がザ・ニュースペーパーの公演なのである。