オオタスセリ ワンマンライブ
赤坂 グラフティ 平成18年7月27日
●自由席 当日券3000円
観客数 120人 超満員
午後7時35分〜午後9時50分
これまでは30人もはいれば店内が息苦しくなるような
小さなお店《コタン》で客を沸かせていたオオタスセリが
好評にこたえて100人以上ははいる
赤坂のライブハウス《グラフティ》で公演した。
ワンマンライブである。
2時間以上みっちりの熱演だった。
客の入りがすごい。
場内は超満員なのである。
客の数は概数で120人と踏んだが
スタッフが多い店で、
それを含めるともっと多かったかもしれない。
《グラフティ》でも場内の熱気は《コタン》と変わらない。
オオタスセリ恐るべし。
年齢層は年配に偏る観客の熱狂的な眼差しに
スセリは感応して
今年見たスセリの中では最高の顔を見せてくれた。
生の舞台の面白さがここにある。
ときに芸人の恍惚とした表情を見ることができる。
ただその表情に心引かれている観客の殺気にはぞっとするが。
芸人と多くの観客が気を交わすことは結構気持ち悪いのである。
創価学会の大会で
北朝鮮のマスゲームみたいなことをやっている人たちの
恍惚感が気持ち悪いのと同じ不気味感からである。
すなわち会場全体が狂っている状態なのである。
会場という枠の中で狂うことの面白さと言った方がいいか。
芸人は観客を楽しく狂わせてくれるのである。
それは覚める狂気だからいい。
宗教は狂いっぱなしだから「おえりゃあせん」のである。
オオタスセリは120人の客を狂わせたのである。
会場にはいったら狂わなければ損である。
庵主はロックのコンサートには行ったことがないが、
多分教祖様であるミュージシャンに狂うことが楽しいのだろう。
ロックマニアが軽く見られることがあるとすれば
日常生活もその延長をやっているからだろう。
宗教人がうさんくさく感じるのも
その切り換えが不器用だからである。
そんな宗教を好んでいるのはその人だけなのに
だれもがそうだと思い込んでいるというのが
閉口するのである。
庵主が布教とは価値観の押しつけだという理由である。
で、その価値観の押しつけを
庵主はこのホームページでやっているわけである。
芸人を楽しめと慫慂しているのである。
迷惑行為と知りながら勧めているのである。
なぜなら、
それは健康にいいからである。
日常生活で鬱積した気を発散することができるからである。
とりわけ笑いは健康にいいということが定説である。
精神衛生にも身体の健康にも笑いは有効なのである。
オオタスセリは人を笑わせるのである。
そしてその気を観客にぶつけてくる。
凶器はその歌声である。
自分ではアニメ声といっている。
人はそれを独特の声をした人ねというが
アニメ声というのは不自然な声なのである。
長く聞いていると疲れてくる声のことである。
観客に楽をさせない声なのである。
つねに緊張感を強いられる声なのである。
オオタスセリの舞台は
その声に浸ることになる異常空間である。
もっしもその緊張感が心地よいのである。
オオタスセリという芸人が発する声に
身構えるためには
自動的に芸に反応しないわけにはいかなくなる。
生の舞台の面白さは
芸人が発する気に観客の気が呼応するところにある。
その心地よさが芸を見るたのしさなのである。
観客が参加しないと面白くならないものなのである。
この日のオオタスセリのワンマンライブの客はすごかった。
客に熱気があった、身構える気持ちがあふれていた。
そのせいかオオタスセリが一段と綺麗に見えたのである。
綺麗にであって、美人にではない、念のため。
第1部の口開けは庵主が好きな「ラジオ体操」である。
女子社員の格好で出てきたオオタスセリ。
「番場道子のOL日記」シリーズの一つだと知った。
ラジオ体操をやるだけのコントである。
それがおかしいのである。
最初から「なに、あの金正日」とくる。
おっ、北朝鮮ネタかと思う。
「へんな名前の女と一緒になって」ときてどっと沸く。
何でもこんどのお相手は
日本語で読むとかなりきびしいお名前なのである。
コントのあとはギターを抱えて歌である。
キャイン、キャイーンと「負け犬」を歌う。
アルバム作りの会議の中で
これはスローバラードでやるといいですねと
編曲家がいったという。
ということでスローバラードの「負け犬」である。
歌の次はコントで「ウォーキング」。
OL番場道子の田中課長に対する確執がおかしい。
イヤミな田中課長のことを忘れようとするが
かえって心に田中課長のイメージが広がってしまう。
田中課長って1日に4リットルも水を飲むの。
体の中の毒を流すんですって。
あなたも水を飲んで毒を流しなさいというのよ。
私の体には毒なんか有りません。
といったら、
田中課長、
行かず後家でお気の毒、
というんだから。
替歌をいくつか歌う。
たとえば、
ざわわ、ざわわの「サトウキビ畑」は
サマワ、サマワ、砂漠ばかりでなにもない、となる
「女ともだち」は
わたしにこんな変わっている友達がいるわという歌。
私のお友達のことよと強調して歌う。
つづいて「彼氏の歌」。
「戸籍係」のコント。
大安吉日で婚姻届けが山になる
戸籍係のカウンターの光景で笑わせてくれる。
落ちは、ドンデン返しなので書かないでおこう。
ゲストの永六輔が登場。
会場に入ると壁際に机があって、
そこに木村まり子さんとその横に
お地蔵さんみたいな永六輔が坐っていた。
永六輔は
私はお話が下手くそなので本を読みますといって
高田文夫の「芸人日記」のオオタスセリの件を読んで
それだけで退場。
そして「ストーカーと呼ばないで」。
その歌詞のおかしさで場内に笑いが起こる。
庵主は歌詞を聞かずにその声を聞いている。
浪曲のうねりのような声なのである。
声なのである、
人の心を動かすのは。
歌の心を伝えるのは。
日本語の意は声に乗って伝わるということである。
オオタスセリの「ストーカーと呼ばないで」は
歌詞を伝える歌を越えて
その情念を伝える心地よい声となったのである。
ちょうど浪曲の声が日本人の心を揺り動かすように。
第1部の最後はコントである。
「選挙の応援演説」をする候補者夫人。
ちょっと癖のある口調の奥様で、
最後は自分が立候補者のように演説が高ぶる。
15分間の休憩のあとオオタスセリは浴衣で登場。
第2部はヒットパレードである。
「五月病の歌」から始まる。
そして「カフェ」。
「カフェ」はアルバムに入れるときに
スローバラードでいきましょうということになったという。
プロの手に掛かったらこういうふうに変わるものかと
感心したという。
アルバム作りの裏話をまじえながら歌が続く。
「女たちの恋歌」はもともとは「血液型の女」という歌で
それが思いつきで口にした曲名に変わったのだという。
いい加減なんですよと笑わせる。
三味線の音がする。
ゲストの柳家紫文が登場。
ご存じ長谷川平蔵のネタで場内大爆笑。
しかも三味線を団扇で弾いている。
それがいい音なのである。
オオタスセリが何でも弾けるのと聞いたら、
できますというのでスセリが取りだしたのは
ペットボトル。
ペットボトルの蓋の部分で弾いたが、
しかしこれはうまく音が出なかった。
次に取り出しのはガムテープ。
これは円周の部分で音が出た。
しかし音が粘るといって笑わせる。
三味線を肩に担いで弾いたりとサービス満点。
オオタスセリとの掛け合いもあって
紫文の粋と洒落が楽しめた。
再びソロで歌を連発するスセリ。
「ニートの歌」、
「リストラの歌」、
「キッチンドリンカー」。
アルバムを作るときに
歌詞の一部を変えることになったという。
養命酒という商品名が駄目だといわれたという。
カンチューハイも駄目だということになったという。
カンチューハイなら
俵万智の「カンチューハイ」の歌があったから
かまわないんじゃないといったら、
あれは前向きな飲み方だからいいのだと言われた、と。
最後の歌が「女酔っぱらいの歌」
この歌はなんど聞いてもおかしい。
スセリの歌は落語を聞くようなものである。
歌詞がわかっていてもおかしいのである。
歌が芸になっている。
お客さんが変わるとまた面白いのである。
そして、なんと、
そのあと拍手が鳴りやまなかったのである。
まさかのアンコールに
スセリはそんな準備をしていなかったので
何をやろうかと戸惑っているのがわかる。
そしてアンコールで唄った歌は。
その歌は庵主にうまいお酒を一杯御馳走してくれたら
お教えしましょう。
この夜のワンマンライブは観客との気持ちがぴったり合って
オオタスセリの魅力が燦然と輝いていたライブだった。
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